昭和52年5月25日 朝の御祈念
第39節「この方の行は水や火の行ではない、家業の行ぞ」とあります。
行と言われるのですから、行には必ず、おかげがつきもの、お徳がつきもの。信心に、おかげがつきものではなくて、その修行によっ、修行に伴うおかげであり、お徳であります。この、修行は、もう金光教独特の表現だと思うですけれども、「この方の行は水や火の行じゃい」とはっきり仰っておられて、そして「家業の行ぞ」と仰る、よくこの方の行は、金光様のご信心の行は、もう仕事そのものが修行だから、とと、言うお参りも疎かにして、ただ一生懸命働くという人があります。なるほど働くことは良いのですけれども、その働く内容がね、行になっとかなきゃならないということです。私は今日ここを頂く、頂いた時に、どういうことが内容でなからなければならないかと言うたら、家業の行というのは、天地書附がその内容でなからなければならないということです。私は改めて、またちょっとした驚きでした。例えばここの、この御理解が、第39節とあります。39節ということはサンキューということです。ありがとうということです。その有難しというものが家業の行の内容になっとらなければ、家業の行じゃないです。ただ百姓しとる人が一生懸命、えぇ働いておるから、それがそのまま行っちいうことはないです。ね。お商売をしておる人が、「もうこの方の行は、もう家業が行じゃから」。なら苦しか時には行と思ってと、いうような思い方はあっても、それではおかげにも徳にもならっ、繋がらないです。信心によるおかげ、信心によるお徳を受けていくということのためには、その家業の中に、いわゆる、天地書附「生神金光大神天地金乃神一心に願え おかげは和賀心にあり」と、家業をしいしい、一心に頼ませて頂いて、自分の心の中に和らぎ賀ぶ心を、仕事の中から求めていくという生き方、そういう生き方にならなければ家業の行じゃないです。いわるゆサンキューです、有難いというものが伴った行じゃなからなければ、行にはならないのです。ね。
ですから、せっかく日々なら遊んでおる者なおりません、皆それぞれの、やはり御用を頂いております。ですからその御用の中にです、あのいかに心行が密でなからなければ、この御理解は分からないということが分かりますね。ね。
最近合楽では心行に懸けると言われます、ね、だからその家業そのものの中に、心行が充実しておらなければ行にはならないのです。心行が充実しておるということは、ならどういうことかと言うと、天地書附、ね。今月今日只今を祈り願っていくということは、本当に和らぎ賀ぶ心を持っての御用である。ね。
私は、あの心行ということも、「今日も一日御用させて頂きます、どうぞ修行になりますような、一日でありますように」と、いう願いが持たれなきゃいけないと思う、桑を持つ手にもそろばんを持つ手にも、やはり心行がなされておかなければ、そこに言うなら、朝のすがすがしさ、昼の忙しさ、夜の有り難さというものが、夜の有り難さが、私は約束されると思う。ね。どんなに目が舞うように忙しいというても、その内容が、天地書附じゃないですが、その内容が喜びじゃなからにゃいかん、サンキューでなからにゃいけない、有難う有難うでなかにゃいけない。ね。
工夫がいるんです。ね。ただ「金光様のご信心はもう家業の行と言われるから、仕事そのままが行だから」と、それまでしか言わないで、は、おかげにも繋がらない、そりゃおかげに繋がるかも知れません、働きゃ働きだけ、例えば儲かるとしましょうかね、仕事がそれだけ出来るわけですから、ね、けれども私は行と言われるからには、それが徳に繋がらなければ駄目だと思うんです。ね。金光様の先生がこうやって、朝から晩まで御神前奉仕をさして頂いておる、それがまあ御用なんだ、言わば仕事なんだ、ね、だからこれは私共の仕事というところにはです、生活のために、ということになってきたら、もうそれは行にはならんです。ね。いわゆる御用なんだ、本当の意味においての御用なんだ、「あなたの御用をさせて頂く」だから、「今日もあなたの御用をお許し下さい」というあり方になってきて、ね、だから、言わば、心行を外されない、心行の伴うた、言うならば御用が出ける、そこに今日も一日お使い回しを頂いて有難いということになる、ね。末永先生が来る日も来る日も一人もお参りもない、それをやはり朝の4時から、夜の9時まで、ね、言うならば御用に使う、使うて頂いておる。ね。本当に今日も御用にお使い回しを頂いて有難うございますと、もうそれこそ一日を終わった時に有難涙に暮れておる、ね。「生活の為」といったようなものじゃないからですよ。ね。
まあその(?)が無いというわけじゃない、けれどもそれはどこまでも人の難儀がとっ、助かることのために、まあ大きく言うなら南米の平和と発展のために、ね、まず自分、ここビリグイの自分の足元から、そういう、おかげを受けていく人達が広がっていかなければならないという願いの修行なんです、それは厳しいことなんですけれども、なら一日を締めくくった時には、今日も、言うなら厳しいことでしたけれども、修行に、さして頂いてありがとうございますという、それこそ涙に暮れる程しの喜びが毎日頂けておるということ、お互いの仕事も同じことなんだ、「今日も一日本当にお使い回しを頂いてありがとうございました」ためにはその内容の中に、心行、その心行、何故心行かと言うと、いや天地書附が基軸にならなければならんのです生活の、ね。「今月今日只今このような仕事をさして頂いとる、どうぞ信心で(?)さして下さい」という、そういう願い、そういう修行でなからなければ、そういう、だから、だから行だから、必ずおかげも伴うでしょう、お徳も伴うてくる、ね、ただ「金光様の信心は家業がそのまま行だから」と、内容のないただ働きであるとするなら、信心の有る者も無い者も同じ働きであり、「はぁ中々働き者だ」と言うて働いただけの収入はそりゃあるかも知れません、けれどもそれではつまらん、お徳が伴ってこなければ、行には必ずお徳が伴う、ね。行の裏付けがなからなければ、一日、言うならば馬鹿らしいことになる。どんなに忙しかっても、または苦しかっても、、、。
佐藤八郎さんの歌の中に「二人で歩く道は疲れない」とある。どんなに、どんなに遠い道でも、二人で歩く道は疲れない、ね。自分の気分の合うた人と、楽しい話でもしながら、例えば道を歩かせて頂く、もういつの間に着いたじゃ分からんごとある。ね。私はそういう生き方を、信心に求めなければいけないと思うですね。「もう今日はもうずうの出るごと働いた、もうきつうしてこたえん」というようなこっちゃいかん、ね。疲れた、なるほど疲れることは疲れましょう、ね、けれどもそれが何とも言えん、快い疲れ、もう有難い疲れ、ね。こりゃもう本当にね、一生懸命の信心で御用させて頂く時には、確かにそうです、もう足腰立たんごと、あの、もうどっかこの辺でしたけれどね、あの私あの、戦後引き揚げて帰ってきて、丁度取り上げに、そこの千代田さん所に取り上げに加勢にきた、丁度この辺でした、もうちょっとばっかり遅くなってから、もうあの、やんがて日が暮れるぐらいまで一生懸命、最後にあの、おぉ藁古積を造らんならんから、藁、藁をこう、なんですかね、こう重ねてから、あの結べですか、結べでこう括っていかんならん、そりゃ中々したことがないから、容量が悪いですけども、とにかくの一生懸命、もうそれももうヘトヘトに疲れておりますから、「金光様ぁ」っち言わにゃ力が出らんごたる、その無素手をこうやって締めた途端に、切れてから、どうこうしっちゃろうか、体が反対に、その反動で向こうの方へ、返ったんです、ひっくり返ったんです。けれどもひっくり返りながらもう有難涙がボロボロ流れたことを覚えております。夕べは泊まらしてもらう、朝はお水を頂いて千代田さんのお宅から善道寺に朝参りをさしてもらう、もうその時には全然疲れを感じない、ね。もうとにかく、その内容が、言うならば、「あそこに加勢に行ったら米一升貰うかん知れん」とか、ね、「いくらが、お礼が貰えるから」でない証拠には、例えば、あぁあの、お米を例えばことづけるなら、そりゃそのまま、そのまま、私はあのお供えでしたから、ね。どうかせにゃおられない、と言うて、どこんでんここんでん加勢に行くわけにはいかん、ね、当時仕事がないの時、ね、どこんでん加勢にいくわけにはいかん、それでなら、知った家、ここ易い家に、まあ、あぁ、百姓したことがないから、大して加勢にもならんけれども、まあ取り上げの時なら子供の手でもいると言われるから、ああまあ、加勢にやらせて頂く。その内容がもう一言一言の中に、いわゆる「金光様金光様」ですからね、言うなら今日の御理解の、中に天地書附の、内容があり、いわゆるサンキューである、有難いの内容いっぱい、もうそりゃヘトヘト、夕方一日立ち働かして頂いて、もうあれが、もうあんまり疲れとるから、こう締めた途端に体を止める力が無いわけですよね、とめた時に結べが切れた途端に、自分の体が向こうの方へ返っとる、ね、そげんな疲れとっても、なら明くる日はちゃっと朝の御祈念には、西後から善道寺までお参り、お水を頂いて、お参りをさせて頂く、もう体はちゃんとしてまた御用が出来るという、有難いとう、神様と二人連れというような生き方なら疲れないです、疲れた時には神様を外しておった時という風に思うて良いです。同行二人とこう言われる、いつも神様と二人連れ、ね、どんな遠い道でも二人連れであれば疲れないということなんです。
私皆さん、もうなら皆さんが、それっ、ね、家庭なら家庭で、主婦の方が家庭の御用をされる、主人は勤めにでられる、ね、様々な銘々の御用を一生懸命さしてもらう、そこになら実意丁寧神信心を持って御用さしてもらう、しかもその内容は天地書附を基軸にしての御用である、ね。そういう、うんなら、は、言うなら心行がなされておかないとやりそこなう、「はあこげなこつしたっちゃ損する、こげなこつしたっちゃ、その儲からん」といったような、ことになって算盤高くなってくる、ね。御用の前には得とか損とかじゃない、せっかく毎日働かせて頂くのであるから、その働きが本当の働きになる行でなからなければならない、行には必ずおかげが付き物、お徳が付き物なんです。ね。
寝たり転んだりしておってから、例えば一日を有難く締めくくってよくっ、出来れるはずがないです。ね。(?)もらわなければおられない、ね。自分の足元、言わば、手近なところから、どんなに仕事に今溢れておると言うても、御用が無いはずは絶対ない、ね。天地書附を基軸にしての日々、お仕事であって、はじめて家業の行ということが言えます。そこはもう条件じゃありません、誰もお参りはない、けれども神様の御守だけは、かっ、言わば欠かさない、来る日も来る日も、ね、一人もお参りのないお広前を守らして頂いておる。なるほどこれは4時までぐらい、4時の御祈念までの御用はまあ何とか出来るんですけれども、4時から先になって9時までは、もういよいよ足が痛い、ねむっ睡魔と足の痛みで、もう本当にまあヘトヘト、眠ると前の、机が無いから大きな玉串案らしい、玉串案に嫌という程頭を持っていく、「おかげでよろコブが出来ました」というような手紙が書いてある。ね。それこそ神様と二人連れだから有難いのです。ね。
昨日5回目の手紙がブラジルからまいりました。ちょうど今日の御理解にピッタリするところがあろうと思いますから聞いて下さい。
「拝啓。親先生おかげを頂きまして有難うございます。14日と15日がサンパウロ教会の大祭のため、サンパウロへやらせて頂きました。13日夜10時発の夜行便のバスにてやらせて頂きました。出発間近になって、近所のブラジル人の方達が3人でお参りになり、新田さんご夫妻の通訳して頂きました。一週間おきに訳の分からぬ頭痛に悩まされ、その事をお願いをして帰られました。どうぞよろしくお願い申し上げます。
14日は、ブラジル、あぁ、ブラスピア社の石井さん、」あの今度の旅行の御用をして下さった方ですあちら、「石井さんのところへお礼にまいりました。石井さんの強い勧めによりまして、新聞社に挨拶周りをされたらよろしい、ということで、17日にまた改めて出直させて頂くことになりました。その時、永住権の問題につき、相談させて頂きました。私達の場合、今直ぐ永住権を取ることは無理であるから、幸いビザの期限が、合楽教会の開教10年祭でもあることであるから、家族の人達全員で一度日本へ帰られて、そして今度ブラジルへ来る時、8月に公子が出産予定ですので、ブラジルで生まれた子供はブラジルの国籍に入るそうです、したがって自分の子供がブラジルにいるということになれば、永住権もすんなりと手に入ることが出来るそうです。ですから今度日本から来る時、自分達の子供がブラジルにいるという証明書を持って来て下されば、万事よろしゅうございますとのことでございます。そういうわけで10月には記念祭に一旦全員で帰らして頂きたいと思いますので、万事よろしくお願い申し上げます。
15日のサンパウロ教会のご大祭は、午後2時半より始まりました。高橋先生の願いにより祭主を仕えさせて頂きました。椅子式の小さなお広前ではありますが、参拝者は入りきらないぐらい広前に溢れ、その中には随分遠方より参拝の方も、随分おられ、青年と壮年の方が多いのにも驚きました。遠く異国の地で仕えさせて頂く大祭には、めいじょうしがたい、考え深いものがありました。前日の14日は、期せずして高橋カナオ先生のご主人の弟さんの10年祭でしたので、これも不徳者ではありますが、祭主を仕えさせて頂きました。親先生のおかげで日々過ぎたる御用にお引き回しを頂いております。親先生有難うございました。こちらへまいりまして毎日のように、親先生を始め若先生、そして合楽教会の皆さんがお夢の中に現れて下さいます。特に親先生は、ちょっとウトウトする時でも必ず現れて下さいます。本当に親先生の付ききりの御祈念下されてあることを感じずにはおられません。親先生有難うございます。
15日の夜、ビリグイへ帰らせて頂き、16日朝6時にビリグイへ着きました。17日は、ブブラスビアの石井さんと新聞社周りをしなければなりませんので、一日サンパウロで過ごそうかと思いましたが、ビリグイの神様が待っておられるような気がしましたから、帰らして頂きました。どうせ帰ってもお参りはないだろうと思っていましたが、午後から2人のブラジル人が参拝になりました。新田さんのご夫妻の通訳して頂きましたら、椅子に座られるなり、「私の悩みが分かりますか?」とのご質問を受けました。分かる訳もありませんが、その場で一心にお縋りしました。そしたらブドウの房が半分から切れかかって落ちる寸前のところを頂きました。その事を伝えましたら、その方が大変に喜ばれ、実はその方は今度、これまで校長先生をしておったのが、普通の先生に格下げされ、経済的にも大変苦しい思いをしておるからお願いをしてくれ、ということでした。天地書附を奉唱して、一緒に御祈念をさせて頂きましたら、涙を流して喜ばれて帰られました。その方達が帰られて、また改めて御神前に額ずき、お礼を申させて頂きましたら、泣けて泣けて仕方がありませんでした。ようもようもこういうことを教えて頂いたと思うらた、泣かずにはおられませんでした。親先生の祈りがこのように付きっ切りで現れております。親先生有難うございます。
しばらくすると、今度は日本人の方がお参りになりました。たった今お取次ぎをさせて頂きましたブラジル人の方達の事をお話しながら、「ブドウは腐れかかっても、瓶に入れると有り難き勿体なき恐れ多きの三喜になります。ブドウの、腐るということは、気が腐る、心が腐ることです」と申し上げましたら、その方が、はっと胸突かれた顔をされ、「実は私がいつも、その心が腐って、どうにもなりません」ということでした。そこへ先日13日の日に初めてお参りされたブラジル人の方が、新しい人をお導きしてお参りがありました。その方に通訳して頂きましたら、心臓の手術をされ、その後後遺症が、頭と心臓が痛み、医者からも薬からも見放され、難儀をしておられるということでした。親先生どうぞ速やかにこの方が全快のおかげを蒙られますようお願い申し上げます。
16日の御用が終わり、夜10時のバスで再びサンパウロへやらして頂きました。サンパウロには朝6時に着きます。新田さんの息子さんがサンパウロにおられますので、その方の案内でブラスビアにまいり、新聞社周りをして、銀行に行き口座を作らせて頂き、午後4時半発のバスで、に乗り、ビリグイへ向けて出発しました。ビリグイには夜の1時半到着しました、バスの中でぐっすり休んでいましたら、えぇ、新田さんがお迎えに来て下さり、起こして頂きましたので、乗り過ごさずに済みました。教会へ帰りましたら、新田さんの奥さんが夜中にも関わりもせず、起きて暖かい食事の用意をして下さいました。休ませて頂いたのが、2時半ぐらいでしょうか、もう朝の御祈念だからと思うて、えぇ、思い思いつつ休ませて頂いたら、目が覚めたのがなんと4時半でした。しまったと思い飛び起きてお詫びさせて頂いております。
朝から公子がお夢の中で、親先生と若先生、マサキ先生が現れて、親先生が「末永さんもPL教やら、盛んに宣伝するし、末永さんの朝の御祈念には、参る者もなく、辛かろうけれども、辛抱しなさい。あんたがここんところが悪かもんの」ということを言われたそうです。私も今朝から猛反省をさせられております。
昨日の新聞社周りが機関にかなわなかったのであろうか、昨夜の大払信行がバスの中で、ザァーっとしたのがいけなかったのであろうか、それともまた心の中を覗けば、あれもこれも相済まないことばかり。公子がそう言えば、この2・3日「帰りたい帰りたい」と言うて泣きます。一番身近な家内にすら、お道開きの使命感を与えきってはいない私のだらしない信心が、そこにあります。親先生このお手紙を境に、どうぞまた一段と改まった信心が出来ますよう、お願い申し上げます。
ブラジル国の繁栄と平和をお願い申し上げます。親先生有難うございました。有難うございました。」
とございます。
今日の家業の行の、言うなら、今日皆さんに聞いて頂きました、ね、えぇ、せっかくの家業の行がそのまま徳に繋がる行でなからなければいけないということを、言うならば、末永先生どん一家で、日々御用さして頂いておるわけです。ところが公子さんが方が、この頃から、息子が方が「帰りたい」っち泣いてもう本当に身を切られる思いであったと、神様にお詫びさせて頂いておったら、「帰ろう帰ろう」が御祈念中に「行こう行こう」と言うようになったというてなら手紙が来ておりましたがね、今度は嫁ごが帰ろう帰ろうっちうて泣き出すげな、私はここを読ませて頂く時にですね、あの子供の時には本当に、あの、それこそ身につまされましたけれども、こりゃあ神様のご都合だと思いましたですね、公子さんだってもうあれだけの信心を頂いておることですから、本当にちょっと気付かっ、例えばならお夢の中でも、「あんたがそこがいかんもんの」と言われておるところに気付かせて頂いたら、ね、まぁだ行ってから一ヶ月、それこそ、遠い道でも二人で歩く道は疲れないと言われる程しのことであるのにも関わらずです、泣き泣き三日間も「帰ろう帰ろう」と言うということは、これは言うならば、いよいよ末永先生の信心を、こう揺さぶるようにして神様がお試しになっておるらるような気が致します。ね。何故そんな心が起こる、起こるはずは無い、もうそれからあの十日間は、それこそ来る日も来る日も一人のお参りも無かったけれども、あの十日のお月次祭を境に、ね、朝の御祈念にはこそお参りはないけれども、やっぱり一日、やっぱポツンポツンではあるけれども、しかもあの現地人の、ブラジル人の方達がお取次ぎを頂いておるということに本当に有難いと思います。ね。しかも、あぁ、公子さんは少し、この霊徳に、の、兆しがありましたけれども、末永さんはあれだけ熱心なのに、この霊徳を、に、お知らせを頂くといったようなことが、非常にうとかったんです、ところがこの頃はもう目をつぶると、私が現れるとこういう。ね。神様にお伺いをすると、御神耳を、ね前の手紙に御神耳を頂いております、お声を頂いております。そのブラジル人がお参りをしてきて、「私の悩みが分かるか」と、言われた時に、もう一生懸命で神様お願いをしたら、ブドウの腐って落ちかかるところを頂いたと、ね。というようにです、もうそれこそまだ一ヶ月もならんとに、そういう生き生きとした働きが、身に、身辺に現れておるのですから、もうこれだけでもです、とても本当に、「どげん、なんちゅう有難かこっちゃかの」と言うて夫婦で話し合うて、その先が楽しいという、わなければならないところへ、「帰る帰る」っち言うてから三日間も泣きよる。ね。はぁこりゃぁいよいよ、えぇ神様の御試しを受けておるところであろうとこう思うけれども、まあ今日の手紙を読みますと、ご大祭には一家中でまた、引き揚げっ、引き揚げて帰ってくるわけではないですけれども、みんなんで参拝のおかげを頂いて、それもあちらで永住権の問題がありますから、そうした方が良いということで、あの帰ってくるということですけれども、けれどももう生き生きとしたそうした働きをね、受けておるということが有難い。
どうでしょうか、今日の御理解の、とにかくその事が家業であると同時に修行なんだと、頂いたら、そげん、えぇ、泣こうごたる気持ちなんかは無くなってくるだろう。ただ勿体ない有難いばっかりだろう、その有難い勿体ないということがそのまま天地書附であると同時に、39、いわゆる有難しであります。ね。御用の中にこの有難いという内容がなからなければ、今日は家業の行にはならないということを聞いて頂いたですね。
どうぞ。